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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4004号 決定

申請人 佐野雅利

被申請人 学校法人電機学園

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

申請人が被申請人学園の設置する電機学園高等学校の教諭であることを仮に定める。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人学園(以下単に学園ともいう)は東京電機大学、電機学園高等学校(以下単に高校という)、電機学校を設置する学校法人で、申請人は昭和二十六年五月被申請人学園に期間の定めなく雇傭され、同二十七年三月までは高校の専任講師、同年四月からは高校の教諭として勤務していたものであること、学園の専任教職員をもつて電機学園教職員組合が組織され申請人がその組合員であること、学園には昭和二十七年十月二十八日から施行された「結核性疾患による休職免職及び復職に関する取扱規程」(以下単に規程という)があり、この規程で職員が結核性疾患に罹り休養を要する場合の休職復職及び免職に関する必要事項を定めていること。申請人は結核性疾患のため昭和二十八年十月一日規程第二条「職員が疾患にかかり就業を禁止され又は休養を要する場合には休職を命ずる」により休職を命ぜられたが、それまでの申請人の勤続年数は一年以上二年未満(勤続年数は教諭として勤務開始当時より起算する)なので規程第四条によれば申請人の休職期間は一年であり従つて昭和二十九年九月三十日に休職期間が満了すること、規程第六条によれば復職は衛生管理医が休職の事由の消滅を認定した場合に命ぜられるのであるが、右期限までにこの認定がなされず従つて復職を命ぜられなかつたこと、規程第四条によれば休職期間について一定の期間を定め、その但書でその期間を延期することがあると定めているが、これによる休職期間延長の措置が採られなかつたこと。規程第八条第一項には「休職期間満了の際休職の事由が消滅しないときには退職とする。」と規定されていること。学園が右規程により同年九月三十日申請人の退職の効果を生じたものとして取り扱い同年十二月三日解雇の通告をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いない。

二、申請人が現在学園の教諭たる地位を有するとの主張に対する判断

(一)  申請人は休職期間が満了しても学園との雇傭関係が自動的に終了するものではなく、学園が申請人との雇傭関係を終了せしめんとするならば、その際新たに解雇の意思表示を必要とし、規程第八条は休職期間満了の際休職事由が消滅しないときは解雇することができるという趣旨の規定に止まると主張する。

右規程第八条第一項によれば休職期間満了の際休職の事由が消滅しないときには退職とする。とあるので、別段の事由のない限り退職の効果発生には解雇の意思表示を要しないものと解するのが相当である。殊に規程(疎甲第一号証)第二条に職員が疾患にかかり就業を禁止され又は休養を要する場合には休職を命ずるとあり、また同第六条に休職の事由が消滅したと認める場合には復職を命ずる第八条第二項に休職中のものが療養上の指示に従わない場合には退職させる第七条休職中の職員で休職の事由となつた疾患が非活動性のものとなり伝染のおそれがなく復職の可能性が強いと認める場合には試験的に勤務時間を短縮し勤務させるなどの語を用いているのと対比考察すると、一般の用語例に従い意思表示を要するものと要しないものとを区別して使い分けしていることが明らかであつて休職期間満了の際休職事由が消滅していなければ何等の意思表示を要しないで雇傭関係が終了する趣旨の規定と解すべきであり、これと反対に右規定が解雇の意思表示をまつて始めて退職の効果を発生させる趣旨のものであることを認むべき別段の事由の疎明はない。

而して就業規則の一部としてこれと同一の効力を有するものと認むべき前記取扱規程によつて、結核性疾患者について一定の休職事由を設けその該当者が一定期間休職を続けたとき、その期間の経過によつて当然退職する旨の定をなしたときは、就業規則によつて停年制を設け所定の年令に達したとき当然退職する旨の定をなした場合と同様該当事実の発生によつて何等の意思表示を要することなく退職即ち雇傭契約終了の効果を生ずるものと解すべきである。或はこのような場合に解雇の意思表示又は解約告知を必要とする説があるけれども、労働法が雇傭契約の終了には常に一般的に解雇の意思表示を要求しているものと解すべき根拠はなくまた前記のような場合に解約告知を要求しているものと解すべき理由はないものと考える。従つて就業規則によつて休職期間満了又は停年による当然退職の規定を設けてもその規定自体を無効のものということはできない。この点について申請人に休職を命じたことが基準法第二十条にいわゆる解雇の予告に当るものと解釈しその予告の効力について論争を展開するけれども被申請人が前記規程(甲第一号証)に基いて休職を命じたことは解雇の予告そのものでないこと勿論であり右論争は休職命令に解雇予告の効力があるとの法律的見解によるものであつて、前記の通り当裁判所は休職期間満了による雇傭契約の当然終了について解約告知を必要としないと解すから予告の効力について判断を加えるまでもなく契約終了の効果に影響ないものといわなければならない。

従つて申請代理人において本件休職命令が解雇の予告に当るものであつて、このような条件附意思表示は解雇の予告として無効であると主張し、雇傭契約は存続するとの論は採用できない。

(二)  次に申請人は仮に規程の趣旨が休職期間が満了すれば意思表示を要せずして雇傭関係が終了する趣旨であるとするも、規程施行以来右規程を機械的に適用し休職期間満了と同時に職員としての地位を失わしめた事例はなく、事由の如何を問わずすべて休職期間を延長していたのであるから、右規程に拘らず申請人の休職期間は慣行上延長されるべきである。然るに申請人のみ延長を許さない取扱をしたのは、申請人の疾患の回復状態に鑑み申請人の組合活動の故の不利益取扱、または申請人が共産主義的思想を抱くものと誤信しその信条を理由としての差別的取扱に外ならない。従つて休職期間が延長されない旨の被申請人の主張は許されず申請人と学園間の雇傭契約は依然として存続すると主張する。疎明によれば申請人が昭和二十七年秋頃から休職に至るまで電機学園教職員組合の執行委員であつた事実及び学園の理事、高校の清水教頭などが申請人の思想傾向につき相当関心を持つた態度を示していた事実はこれを認めることができる。然しながら事由の如何を問わず休職期間延長の慣行があつたとの事実はこれを認むべき疎明はない。もつとも疎明によれば、規程施行以来規程第四条但書を適用して休職期間を延長した事例が二つあり、その一つは小泉幸雄に関するもので昭和二十七年十月三十一日(規程施行の四日後)に休職期間が満了することになつていたが同人は他に就職の希望を有し、翌年三月三十一日に任意退職する約束で休職期間を延長したこと、他の一つは三井数美に関するもので昭和二十九年三月三十一日で満了する休職期間を六ケ月延長したがそれは同人は勤務成績優秀で、しかも罹病の原因が学園の夏期講習会の企画の衝に当りその過労の結果と推測される特殊事情によるものであるが(なお伏見栄次郎は休職期間中に回復したものであつて期間延長に当らない)休職期間を延長したのは右のような特殊事情に基き短期間を限つてなされたものであり且つ規程第四条但書は長年学園に勤務し又は特に学園に功労のあつた者とか右のように特殊事情によつて例外的な措置がなされる場合を予定して制定されたものであることが認められる。

ところで申請人の場合については学園において休職期間を特に延長すべき特殊事情はなかつたのでありまた健康状態については昭和二十八年十二月十五日第一回整形手術により肋骨四本を切除し次で同二十九年一月十一日第二回整形手術により肋骨二本を切除し同年七月三日退院自宅療養中であつて同年九月初旬衞生管理医の診断を求めたところ、経過良好と認められ十月から約二ケ月間試験的登校差支えないものと認定されたけれどもまだ快癒に至つてなかつたので学園としては申請人の将来の健康状態を慮り学園を辞して療養に専念させるのが至当と考えて休職期間延長の措置をとらなかつたことが疎明によつて認められる。

してみれば、申請人の休職期間を延長すべき特別事情の認められない本件においては前記規程の趣旨に従い期間延長の措置のとられなかつたのは差別的不利益取扱ということができないしまた被申請学園が休職期間延長の措置をとらなかつたことが申請代理人の主張するような組合活動又はその抱懐する思想の故に差別的な不利益取扱であることを認むべき疎明はない。

よつて申請人のこの点の主張も理由がない。

三、以上の次第で申請人が被申請人学園の職員としての地位を有していることの疎明がないことに帰着するから申請人の地位保全を求める本件仮処分申請を失当として却下すべく、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

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